ギター工房オデッセイ

Odyssey Guitar Craft

Martin D-45

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東京都にお住まいのH.I.さんから1978年製Martin D-45と1973年製Gibson Hummingbirdのリペアご依頼をいただきました。Martin D-45はネックリセット、ブリッジ交換を含むトータルリペアを行いました。
リペア後のギターを受け取られて、H.I.さんからとても暖かいメッセージが届きました。

ギター工房オデッセイ 樋口 英之 様

本日昼前Martinが無事に戻って来ました。

妻と二人がかりで作ったダンボールの集合体はもとより、発送した時と変わらない梱包で、改めて樋口様の丁寧な仕事ぶりを実感しました。
昨日アップされたリペアファイルは深夜まで何度も見て、盛り沢山な内容に自分の手入れの至らなさを噛み締めて今日をむかえました。

問題だったネックの反りはほぼ理想的な状態に戻っていました。全体的に弦高が低いのでバズが心配でしたが杞憂に終わりました。
私が切望した 『何より弾いて疲れないギターに戻って欲しい』 ことが実現したのを知り夕方までずっと弾いていました。

常にシャープとの戦いで、弾く時間よりチューニングにかかる時間の方が長かったのが 嘘のようです。カポを使っても問題なく、一音下げても音が合うので嬉しいかぎりです。

弾き始めは少し細かった音が、1時間程でしっかりと出て来ました。ピアノのようにはっきり芯の通ったD-45の低音を聴くのも久しぶりです。
今までで一番良い状態にしていただき本当に感謝しています。3週間後の合宿に持って行こうと思います。

次は修理の間弾いていたGibsonをよろしくお願いします。

H.I.さん、早速の暖かいメッセージをいただき、誠にありがとうございました。

今回、リペア前のギターを受け取るまでにH.I.さんから伺っていた、現在のギターの症状とご希望されているゴールの姿をお聞きして、正直プレッシャを感じておりました(笑)。
またこれまでのリペア履歴からも、以前にネックリセットを施されていたことをお聞きして、果たしてご満足いただける結果を導き出せるのかと、不安な気持ちでした。

リペアを始めて、ネックを取り外してネックとボディの接合状態を見たとき、その不安は的中しました。
30年あまり前にリセットされたネックジョイントは想像を超えたもので、現在私が持ち合わせているものと異なった方向性だったからです。
その方向性を継承するか、あるいは自分の道を信じるか、とても悩みましたが、熟考した結果、後者を選択することにして、良好な結果を得ることができて本当に良かったと思っています。

ブリッジとサドルのリペアに関しましても、H.I.さんのご希望点をお聞きして、改善するべき点の推測は行っていたのですが、リペア後の音色を確認して、それまで抱いていた不安が吹き飛びました(笑)。

1979年は私が社会人として就職した年で、あの空の下でH.I.さんがこのギターを手にされたんだと思うととても不思議な気持ちになりました(当時、私も関東で会社員をしておりました)。

> 何より弾いて疲れないギターに戻って欲しいです。

H.I.さんのこの言葉を幾度も思い起こしながらリペアを進めさせていただいた結果にご満足いただけて、私も本当にうれしい気持ちとともに、ホッと安心することができました。

今は心から自信を持って「最高のギター」に仕上げることができました!と言える喜びに浸りたいと思います。


この度は弊工房にリペアのご依頼をいただき、本当にありがとうございました。
重ねてお礼を申し上げますとともに、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

ネックリセット

1.ネックポケットへのアクセスホールを空けるため、15フレットを外します。
2.フレット溝を傷つけないようにハンダゴテで暖めながらゆっくりと抜いていきます。

3.15フレット溝の奥にあるネックポケット(ネックとボディの接合スペース)にドリルで貫通穴を開けます。
4.ラバーヒーターを使ってフィンガーボードを暖めます。(フレット交換を行いますので、20フレットまで外しています)

ネックポケットへのアクセスホールを空けている様子です。


5.ヒーターを当て木でクランプします。
6.ヒーターに通電します。フィンガーボードの温度をモニタしながら徐々に温度を上げていきます。

7.そのまま数分間置いた後、ナイフを差し込んでいきます。接着剤が熱で軟化しているのがわかります。
8.15フレット下部分までナイフが入りました。フィンガーボードとボディの取り外しが完了です。次にネックの取り外しを行いましょう。

フィンガーボード分離の様子です。


9.ネックは蒸気ではずします。まず専用のジグを取り付けます。
10.ジグ取り付けが完了しました。

11. 蒸気発生用のエスプレッソメーカーにホースと蒸気注入ジグを取り付けます。
12.15フレットの穴に先端を差し込んで蒸気を発生します。かなりの高温蒸気が発生しますので、ギターと体へのやけどには要注意です。

ネック取り外しの様子です。


13.ダブテイル・ネックジョイントがはずれました。
14.前回ネックリセットした跡です。ネックジョイント部は丸棒状で固定されていました。

15.丸棒を削り取って標準的なダブテイル・ジョイントに戻します。
16.蒸気の熱と湿り気が残っている間に古い接着剤(ニカワ)を削り落としておきます。

17.ネック側にも接着剤が残っていますので、クリーニングします。
18.ネック接合部の接着剤も取り除きます。

ネックジョイント部をクリーニングしている様子です。


19.ネックヒール部です。マスキングテープを貼り、この部分の微妙な高さを目安に作業を進めていきます。
20.ヒール部分を削っていきます。

21.目標のヒール高が削り出せました。これに合わせてネック接合部を調整加工していきます。
22.ネック接合部を削っていきます。フィンガーボード側(右)は削らず、ヒール部(左)だけに傾斜を持たせるように加工していきます。

23.同様に反対側も切削加工を行います。少しずつ慎重に削っていきます。
24.ヒール先端部はよく研いだノミで削ります。

25.ボディとフィンガーボード接合部をサンディングブロックで平坦にしておきます。
26.ボディ側ネックスロットの外側にマスキングテープを貼ってボディを保護します。

27.ネックとボディの間にサンドペーパー挟みます。
28.ネックをボディに密着させながらサンドペーパーを抜き取ります。

29.1弦側と6弦側の両方を行います。このとき両サイドの引き抜き回数を覚えておきます。
30.ネック取り付けの直線性を確認します。直線けがき線の入ったアクリル板をネックからブリッジにかけて乗せます。

ネックヒール部を調整している様子です。


31.ナット部分センター位置にケガキ線を合わせます。
32.ブリッジ部分も同様にセンター位置にケガキ線を合わせます。

33.そしてネックとボディの接合部(14フレット)のセンター位置にケガキ線が乗っていることを確認します。
34.ボディ側もシムを取り付けてネック接合の準備が完了しました。

ネックとボディの直線性と取り付け角度を確認している様子です。


35.HideGlue(膠:ニカワ)をフィンガーボード裏とネック接合部に塗っていきます。
36.接着剤が均一になるようにヘラでのばしていきます。

37.ネックとボディを接合します。ゆっくりジョイント部にネックを置きます。
38.クランプと当て木でネックを固定し、あふれ出た接着剤をふき取っていきます。

ネックを再接合している様子です。


39.マスキングテープをはがします。
40.このまま固着を待ちましょう。

ブリッジ交換(新規作製)

1.オリジナルブリッジです。過去に切れる補修を行った経緯がありますので、この機会にブリッジを新規作成して交換します。
2.ラバーヒーターです。

3.ヒーターをクランプした後、温度をモニタしながら徐々に温度を上げていき、接着面が緩むまで待ちます。
4.接着面にナイフを挿入していきます。

5.少しずつナイフを進めていきます。
6.ブリッジが外れました。

7.取り外したブリッジです。補修跡が確認できます。
8.ブリッジ裏側まで亀裂が貫通しています。

ブリッジ取り外しの様子です。


9.接着面をクリーニングします。
10.エボニーブランクです。オリジナルブリッジを参考に新しいブリッジを削り出していきましょう。

11.外形を切り出しました。
12.ブリッジピン穴を空けました。

13.両サイドのスロープ加工を行いました。
14.上下の丸みを付けました。

15.ブリッジピン穴の傾斜加工を終えました。
16.新しいブリッジ削り出しを終えました。接着を行いましょう。

17.接着面周囲をマスキングテープで保護し、湯煎したニカワを接着面に塗ります。
18.そっとブリッジを乗せます。

19.クランプしました。
20.クランプで溢れたニカワを拭き取っていきます。

ブリッジ再接合の様子です。


21.マスキングテープを剥がします。
22.このまま固着を待ちます。

23.固着後のブリッジです。
24.サドル溝を加工していきましょう。

25.サドル位置を書き写すためにマスキングテープを2重に貼ります。
26.サウンドホールにチューナー、ブリッジにイントネーターを取り付けます。

27.ピッチ調整を行い、イントネーターでサドル山位置を確認していきます。
28.サドル山位置をマスキングテープに書き込んでいきます。

29.サドル山位置を確定します。
30.弦高測定によって目標サドル高も記録しておきます

31.溝位置とサドル山ピーク位置を別々に記録しておきます。
32.サドル溝加工ジグを取り付けました。

33.トリマの位置決めを行っています。
34.サドル溝加工を行っています。

サドル溝加工を行っている様子です。


35.マスキングテープをはがします。
36.サドル溝加工を終えました。サドル作製工程へ移りましょう。

ブリッジプレート・リペア

1.ボディ内部ブリッジの裏側に取り付けられているブリッジプレートです。弦のエンドポールが食い込んでしまう状態になっています。
2.ローズウッド材からブリッジプレート・リペアのためのプラグを切り出します。

埋木用プラグを切り出している様子です。


3.完全に切り離さず、ぎりぎりのところで固定させておきます。
4.プラグの中央に小穴を開けます。位置決めのためにポンチで凹みを入れています。

5.小穴があいたプラグです。まだ材に固定されています。
6.切り出し終えたプラグたちです。プラグの裏側には木目がわかるように線を入れておきます。

7.プラグの裏側には木目がわかるように線を入れておきます。
8.このカッタージグを使用して、ブリッジプレートの凹み加工を行います。

9.ブリッジ表面のハンドルを回して、カッターを回転させ、ブリッジプレートの凹み加工を行います。
10.ボディ内でカッターはこのようにブリッジプレートと接触しています。

11.1弦の凹み加工を終えたブリッジプレートです。
12.同様にして3,5弦の凹み加工も行いました。

13.マスキングテープの粘着面を外側にしてプラグを半固定します。
14.タイトボンドをプラグにつけて、小ネジを中央の穴にねじ込みます(この小ネジも半固定状態です)。

15.半固定状態でプラグをそっとブリッジプレートの下に運んでいきます。
16.1弦のプレート凹み部分にプラグを接着しました。小ネジは少し引き上げてプラグを固定した後、緩めとります。

17.1,3,5弦のプラグ固定が終わりました。このとき木目方向を確認しておきます。
18.アクリル板を挟んでマグネットクランプした後、固着を待ちます。

19.1,3,5弦のプラグ固着後、同じように2,4,6弦のプラグ接着を行います。
20.6弦すべてのプラグ接着を終えました。

21.固着したプラグにブリッジピン穴を開けます。プレート側に当て木を当てて一つずつ開けていきます。
22.クランプを避けるように長いドリルビットを使用します。

ブリッジピン穴を空けている様子です。


23.プラグにブリッジピン穴を開けました。
24.弦を張りました。エンドポールがプレートの上にしっかり固定されています。

フレット交換

1.フレットを抜いていきましょう。はんだごてでフレットを暖めながらゆっくり抜いていきます。
2.フィンガーボードを傷つけないように最後までゆっくりと抜いていきます。

フレットを抜いている様子です。


3.フレット交換の前にフィンガーボードにあけた穴を元に戻しましょう。穴径にあうようにエボニー片を丸く削ります。
4.ドリル穴にエボニー材を押し込み、フィンガーボードを傷つけないように出た部分をカットします。

5.溝幅に合わせてのこぎりで切れ込みを入れます。
6.穴埋め加工が終わった15フレット溝です。

7.フィンガーボードの平面性を確認します。
8.軽くサンディングします。

9.フレット溝の中のゴミ類を削り出します。このときもフレット溝エッジを傷つけないように注意します。
10.フィンガーボードをクリーニングします。

11.フレットプレスの準備が整いました。
12.フィンガーボードの湾曲度(アール)を計測します。

13.フレットベンダーでフレットにアールをつけていきます。
14.フレットをフィンガーボード幅よりも少し大きめに切り取ります。

15.タングニッパでタング部をカットします。
16.タング部処理を終えたフレット端です。

17.第一のフレットプレス・ジグです。
18.アールにあった先端ビットをジグのプレス部に固定します。

19.ジグをサウンドホールから入れていきます。
20.ハンドルを回してフレットをプレスします。

21.ボディとネックの接合部分付近まで、この要領でプレスを進めていきます。
22.2つ目のジグはこのように固定します。

23.ネジを締めてフレットをプレスしていきます。
24.順にプレスを進めていきます。

25.3つ目のジグで残りのフレットをプレスしていきます。
26.すべてのフレット打ち込みが終わりました。

フレットプレスの様子です。


27.打ち込み終わったフレットの端は飛び出ています。
28.飛び出した部分をカットします。このとき切れ端が行方不明にならないように指先で受けます。

29.カットしたフレット端です。
30.カットしたフレット片は失わないように一カ所にまとめておきます。

31.専用のヤスリを使ってフレット端を整形します。
32.1弦側のフレット端も同じように整形します。

フレット端整形の様子です。


33.整形されたフレット端です。
34.さらにフレット・エンド・ドレッシング・ファイルでバリを取っていきます。

35.引き続いてフレットすりあわせを行いましょう。マスキングテープでフィンガーボードを保護します。
36.ボディもアクリル板でカバーしました。

37.直定規を乗せて、フレット山が凹んでいる箇所にマークを入れます。
38.マークされた部分を中心にフラットファイルでサンディングします。

39.平らになったフレット山を専用のヤスリで丸くしていきます。
40.紙ヤスリ(#400)で粗研磨します。

41.さらにスチールウールで研磨を進めます。
42.最後はコンパウンドで磨き上げます。

43.プロテクタ類を外しましょう。
44.ピカピカのフレットになりました。

ナット交換

1. オリジナルナットです。
2.ナット溝が深いので切削除去を行います。マスキングテープでフィンガーボードとヘッド部を保護しました。

3. ナット溝に沿ってルーターをスライドしていきます。
4.1回目のルーティング・パスを終えたところです。ナット溝を横から見ている様子です。

5. 数回のパスを終えてナット溝底面ギリギリまで溝を掘りました。
6.当て木を当ててコンとたたいて外します。

7. 溝底面に残ったナット片は彫刻刀で取り除きます。
8.ナット除去を終えました。

ナット取り外しの様子です。


9. ナットを取り外したナット溝です。古い接着剤の跡が薄く残っています。
10.ナット溝のクリーニングを行います。古い接着剤と汚れを削り取っていきます。

11.クリーニング完了したナット溝です。
12.ネック幅に合わせてナットスラブを切り出します。

13.フラットファイルを使ってナットの平面を削り出します。
14.ナット溝にピッタリはまるようになりました。

15.1弦側からもナットの密着を確認します。
16.逆光を利用すると密着度の確認が効率的に行えます。

17.ナットのサイドもこの段階で面取り加工しておきます。
18.目視および指で触ってネック、フィンガーボードと段差のないことを確認しておきます。

19.フレットの高さに合わせてケガキ線を入れます。
20.ナット上部を切り取りました。

21.ヘッド側に放物曲面を削り込んでいきます。
22.ナットらしくなってきました。

23.目標の弦溝位置を読みとります。(1弦と6弦の位置で他の弦の位置が決まります)
24.弦溝位置を新しいナットに書き込みます。

25.弦溝を専用のヤスリで彫り込んでいきます。
26.弦高調整前のナットです。

27.弦を張って弦高調整を行います。2フレットを指で押さえて1フレットと弦の隙間がギリギリに下がるまでナット高を下げます。
28.ストリングリフターで弦を待避させて、ナット溝を徐々に下げていきます。

29.ナット高調整前の弦溝です。
30.弦高調整後のナット弦溝です。

31.他の弦も同じ要領で調整しました。弦高調整後のナットです。
32.ナットと弦の接触面積と角度を最適化することによってギターの音色は大きく変わります。

ピッチ調整~サドル作製

1.サウンドホールにチューナー、サドル位置にイントネーターを取り付けました。
2.すべてのフレットのピッチを確認していきます。ピッチがずれている場合は、イントネーターのサドルピーク位置を調整します。

3.サドル山位置を書き写していきます。
4.サドル溝に合わせてサドルスラブを切り出します。

5.サドルの底はフラットファイルで平面をつけていきます。
6.サドル溝にピッタリはまるように加工できました。

7.サドルの端も溝にピッタリはまっていることを確認します。
8.ピッチ調整時に確認したサドル高をサドルに書き込んでいきます。

9.サドル高の切り出しを終えました。
10.サドル上部にピーク位置を書き写します。
11.サドルピーク位置を削りだしていきます。
12.ブリッジピン穴加工を行います。まず、糸鋸で弦の導出口をサドル側へ引き寄せます。

13.さらにミニルーターで弦の導出角度をつけていきます。
14.ブリッジピン穴加工を終えました。

15.サドルを取り付けました。
16.完成したブリッジとサドルです。

塗装タッチアップ

1.ネック裏の打痕跡です
2.ネックヒール部にも打痕跡があります。

3.こちらはトップ板の打痕跡です。
4.打痕跡の中に残った汚れを取り除いてステインニングした後、クリアラッカーを乗せました。

5.こちらはネックヒール部です。少し盛り上がる程度塗った後、十分乾燥させます。
6.トップ板の打痕跡は変色が進んでいますので、ステインせずに脱脂のみ行い、ラッカーを乗せます。

7.乾燥後、盛り上がった部分をスクレイパー(安全カミソリ)で削り取ります。
8.ネックヒール部も同様にスクレイピングします。

9.トップ板も同様に平坦にします。
10.平坦を出した後、水研磨を行いました。

11.こちらは修復後のネックヒール部です。
12.トップ板も修復を終えました。