ギター工房オデッセイ

Odyssey Guitar Craft

Martin D-35

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埼玉県にお住まいのT.F.さんからMartin D-35のリペアご依頼をいただきました。フレット交換、ピックガード交換を含むトータルリペアを行いました。
リペア後のギターを受け取られて、T.F.さんから暖かいメッセージが届きました。

ギター工房オデッセイ 樋口英之様

本日ギターを受け取りました。
早速弾いてみたところ、気になっていた音のこもりが解消されていました。
D35らしい高音がさわやかに奏でるようになりました。
うちの妻も一つ一つの音がクリアーになっていて、だぶついてない感じになった!と、ちょっと意味不明なことを言っており、リペア後の音の違いが分かったようです。
リペアに出す前も、それなりにいい音だなと思っていたのですが、リペア後はこれがマーチンの鈴が鳴ってるような音なんだと感じました。
これならD45じゃなくても満足です。
またリペアファイルを拝見し、一つ一つの工程をどれほど真剣に、神経を使って作業してくださったのかが良く分かり感激しました。
私のギターに対する愛着が一層深まりました。
2年間待った甲斐がありました。
このギターで腕を磨いていきたいと思います。
この度は、リペアをしてくださりありがとうございました。

それからいくつかの質問なのですが、私のギターは1973年製ですが新しいD35でも減周りをタスク化にすることにより同じような音になるのでしょうか?
最近のD35にはない1973年としてのオールドの良さは出ているのでしょうか?
率直に今までマーチンをリペアされた経験から私のD35はどんな感じだったのでしょうか?
次にギターを買う時の参考にさせたいただければと思い質問させていただきました。
それではどうぞよろしくお願いいたします。

感謝と共に
T.F.

T.F.さん、早速の暖かいメッセージをいただき、誠にありがとうございました。
リペアご予約をいただいた後、大変長い期間お待ちいただき、こちらこそ本当に感謝しております。

リペア後のギターの音色にもご満足いただけて、私もホッと安心すると共に、嬉しい気持ちでいっぱいです。

> 私のギターは1973年製ですが新しいD35でも減周りをタスク化にすることにより同じような音になるのでしょうか?

D-35に限らず、またMartin社のギターに限らず、新しいギターをTUSQ化することにより、音色の変化は期待できると思います。
ただ30年以上の経年によるギター素材枯渇による音色の変化は、新しいギターに期待することは難しいかもしれません。(「同じような音」を期待するのは難しいしれません)
私のリペア技術も未だ発展途上であり、経験もまだまだ少ないのですが、現在、私が最も大切なポイントと考えているのは、弦の振動をいかに無駄なく効率よくネックとボディに伝えるか、ということで、TUSQ素材が最も安定した特性を持っており、最適な素材ではないかと考えております。
(ただ、リペア前にTUSQ素材を使用しているギターを、改めてTUSQ化させていただくケースがあり、この場合でもリペア前後で音響特性の変化が顕著に見られたこともありますので、素材選択の前提として弦周りパーツ加工技術が先行することもあるかと思います。)

> 最近のD35にはない1973年としてのオールドの良さは出ているのでしょうか?

素材の経年効果は音色にに「艶」と「奥深さ」が加わることで、今回リペアさせていただいたギターも例外ではありません。
この音色評価をおそらく何らかの言葉や数字で表現できる方法があるのではないかと思いますが、現在のところ、感性による定性評価が直感性に頼っております。

> 率直に今までマーチンをリペアされた経験から私のD35はどんな感じだったのでしょうか?

製作後、比較的年数の少ない「若い」ギターと比べると、経年したギターはリペア後の音色の「個性」が強く現れてきて、
平均的な音色ではなく、同じ年代型番のギターでも特色のある音色を持つようになることが経験的にわかってきております。
言葉で表現するのは難しいのですが、T.F.さんのD-35も個性的な音色を持つギターだと思いました。
ただ、以前のリペア跡(特にブリッジ周辺)の音色への影響が少し気になった次第です。

> 次にギターを買う時の参考にさせたいただければと思い質問させていただきました。

人と人の出逢いや別れと同じように、私はギターとの「一期一会」を大切にしていきたいと思っています。
T.F.さんに素晴らしいギターとの出逢いがあることをお祈りしております。

この度は弊工房にリペアのご依頼をいただき、誠にありがとうございました。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。


フレット交換

1.フレットを抜いていきましょう。はんだごてでフレットを暖めながらゆっくり抜いていきます。
2.フィンガーボードを傷つけないように最後までゆっくりと抜いていきます。

フレット抜き取りの様子です。


3.フィンガーボードの平面性を確認します。
4.軽くサンディングします。

5.フレット溝の中のゴミ類を削り出します。このときもフレット溝エッジを傷つけないように注意します。
6.フィンガーボードをクリーニングします。

7.フレットプレスの準備が整いました。
8.フレットベンダーでフレットにアールをつけていきます。

9.フレットをフィンガーボード幅よりも少し大きめに切り取ります。
10.プライヤーでフレット端のバインディング処理を行います。

11.タング部の切り取られたフレット端です。
12.フィンガーボードの湾曲度(アール)を計測します。

13.第一のフレットプレス・ジグです。
14.アールにあった先端ビットをジグのプレス部に固定します。

15.ジグをサウンドホールから入れていきます。
16.ハンドルを回してフレットをプレスします。

17.ボディとネックの接合部分付近まで、この要領でプレスを進めていきます。
18.2つ目のジグはこのように固定します。

19.ネジを締めてフレットをプレスしていきます。
20.順にプレスを進めていきます。

21.3つ目のジグで残りのフレットをプレスしていきます。
22.すべてのフレット打ち込みが終わりました。

フレットプレスの様子です。


23.打ち込み終わったフレットの端は飛び出ています。
24.飛び出した部分をカットします。このとき切れ端が行方不明にならないように指先で受けます。

25.カットしたフレット端です。
26.カットしたフレット片は一カ所にまとめておきます。

27.専用のヤスリを使ってフレット端を整形します。
28.1弦側のフレット端も同じように整形します。

フレット端整形の様子です。


29.整形されたフレット端です。
30.さらにフレット・エンド・ドレッシング・ファイルでバリを取っていきます。

31.引き続いてフレットすりあわせを行いましょう。マスキングテープでフィンガーボードを保護します。
32.ボディもアクリル板でカバーしました。

33.直定規を乗せて、フレット山が凹んでいる箇所にマークを入れます。
34.マークされた部分を中心にフラットファイルでサンディングします。

35.平らになったフレット山を専用のヤスリで丸くしていきます。
36.紙ヤスリ(#400)で粗研磨します。

37.さらにスチールウールで研磨を進めます。
38.最後はコンパウンドで磨き上げます。

39.プロテクタ類を外しましょう。
40.ピカピカのフレットになりました。


バックボード・ブレイシング剥がれリペア

1.サウンドホールから見たバックボードです。
2.バックボードブレイシングが全体に剥がれかけています。

3.左右2本ずつ計4カ所のブレイシングが浮いています。
4.こちらは向かって左側上柄3本目です。

5.浮いている部分にマスキングテープを貼ります。
6.その上にタイトボンドを乗せます。

7.ナイフでボンドを浮田部分に流し込んでいきます。
8.ジャッキで固定して固着を待ちます。

9.他の部分も同様に固定します。
10.ジャッキは軽く抑える程度で十分です(あまり強すぎるとトップ板を痛めます)。


ナット交換

1.オリジナルナットです。
2.当て木を当ててコンとたたきます。

3. ナットを取り外したナット溝です。古い接着剤の跡が薄く残っています。
4.ナット溝のクリーニングを行います。古い接着剤と汚れを削り取っていきます。

5.クリーニング完了したナット溝です。
6.ネック幅に合わせてナットスラブを切り出します。

7.フラットファイルを使ってナットの平面を削り出します。
8.ナット溝にピッタリはまるようになりました。

9.1弦側からもナットの密着を確認します。
10.逆光を利用すると密着度の確認が効率的に行えます。

11.ナットのサイドもこの段階で面取り加工しておきます。
12.目視および指で触ってネック、フィンガーボードと段差のないことを確認しておきます。

13.フレットの高さに合わせてケガキ線を入れます。
14.ナット上部を切り取りました。

15.ヘッド側に放物曲面を削り込んでいきます。
16.ナットらしくなってきました。

17.目標の弦溝位置を読みとります。(1弦と6弦の位置で他の弦の位置が決まります)
18.弦溝位置を新しいナットに書き込みます。

19.弦溝を専用のヤスリで彫り込んでいきます。
20.弦高調整前のナットです。

21.弦を張って弦高調整を行います。2フレットを指で押さえて1フレットと弦の隙間がギリギリに下がるまでナット高を下げます。
22.ストリングリフターで弦を待避させて、ナット溝を徐々に下げていきます。

23.ナット高調整前の弦溝です。
24.弦高調整後のナット弦溝です。

25.他の弦も同じ要領で調整しました。弦高調整後のナットです。
26.ナットと弦の接触面積と角度を最適化することによってギターの音色は大きく変わります。


ピッチ調整~サドル作製

1.サウンドホールにチューナー、ブリッジにイントネーターを取り付けます。
2.すべてのフレットのピッチを確認していきます。ピッチがずれている場合は、イントネーターのサドルピーク位置を調整します。

3.サドル山位置を書き写していきます。
4.サドル溝に合わせてサドルスラブを切り出します。

5.サドルの底はフラットファイルで平面をつけていきます。
6.サドル溝にピッタリはまるように加工できました。

7.サドルの端も溝にピッタリはまっていることを確認します。
8.ピッチ調整時に確認したサドル高をサドルに書き込んでいきます。

9.サドル高の切り出しを終えました。
10.サドル上部にピーク位置を書き写します。

11.サドルピーク位置を削りだしていきます。
12.ブリッジピン穴加工を行います。まず、糸鋸で弦の導出口をサドル側へ引き寄せます。

13.さらにミニルーターで弦の導出角度をつけていきます。
14.ブリッジピン穴加工を終えました。

15.サドルを取り付けました。
16.完成したブリッジとサドルです。


ピックガード交換

1.オリジナルピックガードです。
2.ナイフを挿入していきます。

3.トップ板に傷を入れないように慎重にナイフを進めます。
4.ピックガードが外れました。

5.少し大きめにTOR-TIS素材を切り出しました。
6.オリジナルピックガードをテンプレートとして貼り付けます。

7.周囲を削っていきます。
8.TOR-TIS素材は常温では割れやすいので、慎重に削ります。

9.両面接着シートを大きめに切り出しました。
10.ピックガードに貼り付けて周囲をカットします。

11.位置決めを行っています。
12.ピックガード交換完了です。