ギター工房オデッセイ

Odyssey Guitar Craft

Martin OO-42(1924年製)

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Martin OO-42
神奈川県にお住まいのM.K.さんからMartin OO-42のリペアご依頼をいただきました。これまでに数回のリペアが施された形跡がありますが、フレットの高さが顕著に低く、演奏性に問題があるためフレット交換(バーフレット)を行いました。
リペアに関する最初のお問い合わせはM.K.さんからの次のメールでした。

神奈川県在住のM.K.と申します。

今回は、ギターのリペアをお願いしたく、メールしました。

今回お願いしたいギターは、
Martin OO-42 1924年製
になります。

縁あって少し前に手に入れることができた大変貴重なギターです。

現時点で、演奏可能な状態ではあるのですが、フレットが限界を超えて低すぎて、非常に弾きづらい状態ですですので、フレット交換をお願いしたいと思っています。

ご存知のとおり、この年代のMartinは、バーフレットとなっていますので、いくつものリペア工房に問い合わせましたが、すべて断られてしまいました。

そんな中、ネットで樋口さんのホームページに辿り着き、オリジナルのバーフレットの交換実績があることを知り、ぜひお願いしたいと思っている次第です。

まずは、このギターを実際に診てもらいたいと思っています。神奈川県という遠方になりますので、宅急便で発送したいと思っておりますが、よろしいでしょうか?

後日、ギターを受け取りリペアを開始させていただきました。
リペア後のギターを受け取られたM.K.さんからメッセージが届きました。

先日、無事にギター到着しました。

予定よりだいぶ早く仕上げていだき本当にありがとうございました。
仕事が忙しく、やっと今日、リペアしていただギターを確認することができました。リペアの様子も拝見させていただきました。

まずは、素晴らしいのひと言です。
リフレット、ナット、サドル、ピッチ、弦高、全てにおいてクオリティの高さに、ただただ感動と感謝の気持ちでいっぱいです。もちろん鳴り、音色についても、さらに格段に良くなっており、とても満足しております。

樋口様にお願いして、本当に良かったと心から感じております。ありがとうございました。

ただひとつお願いがあるのですが、特に1弦、2弦あたりの細い弦でスライドをする際に、新しいバーフレットの山のエッジが、どうしても指にひっかかってしまいます。もう少しバーフレットの山のエッジを丸く加工してもらうことは可能でしょうか?

さらに別件なのですが、ブリッジに割れがあるのを発見しました。サドルとブリッジピンの間の3弦、5弦、6弦部分なのですが、こちらも樋口様に実際に診ていただいて、一番良い方法でリペアをお願いしたいのですが

再びギターを送付いただき、ブリッジの割れとフレット山の再加工についてM.K.さんに下記のお返事を送らせていただきました。

今回の追加リペアの内容は下記の通りです。

【ブリッジ割れ】

ブリッジのトップ板接着部分からはみ出している接着剤の一部破片に熱を加えてみましたところ、
柔らかくなったものの溶けることはなかったので、ブリッジ取り外しはリスクが高いと判断し、
現状のブリッジの割れ部分、およびブリッジピン穴の埋木補修を行いました。

本来行うべきリペア(ブリッジ交換)を実施できなかったのは残念ですが、
通常使用下では問題ないと思います。

将来もし割れが再発するなどの症状が見られましたら、ご連絡をいただけましたら幸いです。

【フレット山アール加工】

特殊ヤスリを入手してフレット山の角部分の除去加工を行いました。
Tフレットと比較してスライド奏法での抵抗感は否めませんが、
これ以上フレット高を低くすると元と同じ状態に近づくので
バーフレットの個性としてご使用いただけましたら幸いです。

ギターを受け取られたM.K.さんからとても温かいメッセージが届きました。

樋口様

お世話になっております。

無事到着致しました。
確認させていただきました。

フレット山アール加工すばらしいです。
とても弾きやすくなりました。スライドプレイもいい感じでできるようになりました。

ブリッジ割れについても、しばらくは問題なさそうで安心しました。もし、再発してしまったときは、またよろしくお願い致します。

今回は、約一世紀前のギターを生き返らせていただき、本当に感謝しています。
樋口様にお預けして、見違えるようなギターになって帰って来ました。バーフレット交換、ナット、サドル、ブリッジ、それに伴う弦高、ピッチ調整、すべてのクオリティの高さに感激しております。
バーフレットと指板の隙間を埋木で埋めていただいた効果もあり、鳴りや、音色もすばらしいギターとなったと感じております。

私のわがままな要望にも、親身になって相談に乗ってくださり、私の要望通りのすばらしいギターに仕上げていただきました。
大変満足しています。樋口様にお願いして、本当に良かったと感じております。

このギターを、これから一生大切に弾いていきたいと思います。他のギターも含めて、これからは、ギターのことで何かありましたら、樋口様にご相談させていただきたいと考えておりますので、今後ともよろしくお願い致します。

本当にありがとうございました。

M.K.さん、早速の暖かいメッセージをいただき、誠にありがとうございました。

今回のギターをリペアを通して、とても貴重な経験をさせていただき心から感謝を申し上げたいと思います。

正直言いますと、最初にギターを受け取ったとき、果たして自分の技術でリペアが叶うものだろうか、
オーナー様にご満足いただく結果を残せるだろうか、とても不安になりました。

そしてこれまでこのギターが奏でてきた音色や、このギターを手にしてこられた多くのプレイヤー達に想いをはせながら ギターと語り合う日々が何日か続きました。

技術的な課題だったのはバーフレット溝の深さが非常に深く切られており、フィンガーボードが分離する恐れがあった点、
そしてそれ故にフレット高を確保するにはフレット溝を何らかの埋木処理する必要があり、埋木材をどのように加工するかという点、
さらに最も頭を悩ませたのは、オリジナルフレットの厚みが均一ではなく、フレット溝幅のバラツキがバーフレットの封入を妨げていたことでした。

これまでの経験から「リペアは試行錯誤の連続」と理解はしていたのですが、試行錯誤の幅を大きく広げる必要がありました。

リペア工程を終えて、ギターを受け取られたM.K.さんに喜んでいただけて、本当に良かったと思っています。
これからもこのギターが愛され続けること、素晴らしい音色を奏で続けることを心から祈っております。


この度は弊工房にリペアのご依頼をいただき、本当にありがとうございました。
重ねてお礼を申し上げますとともに、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

フレット交換(バーフレット)

1.オリジナル・バーフレットです。
2.フレット高が低く、演奏性に問題があるため全フレット交換を行います。

3.フィンガーボード保護用のバインディングをまず取り外します。
4.ナイフを接着面に挿入しながら取り外していきます。

5.慎重に進めていきます。
6.6弦側の後、1弦側も外していきます。

7.フレット溝を横から見た様子です。
8.フィンガーボードのかなり深い部分まで溝が切られています。

9.バーフレットを溝の横に置いてみました。フレット溝の深さはバーフレットの高さとほぼ同じです。
10.オリジナル・フレットの底面はフレット溝の途中にまでしか達していない状態です。

11.フィンガーボードを保湿した後、フレットを半田ごてで暖め、木繊維を緩めます。
12.半田ごてで暖めながらフレットを抜き取ります。

フレットを抜いている様子です。


13.フレットを抜いた後の溝です。かなり深い溝であることが確認できます。
14.厚さ0.5mm、幅1.2mmに切り出したローズウッド材です。バーフレットの下に封入する埋木材として使用します。

15.フレット溝に埋木を入れてみたところです。
16.バーフレットを埋木の上に装着してみて全体の密着性を見た上で、この方法で進めていくことを確認しました。

17.フィンガーボードの平面性を確認します。
18.軽くサンディングします。

19.フレット溝の中のゴミ類を削り出します。このときもフレット溝エッジを傷つけないように注意します。
20.フィンガーボードの準備は整いました。次にフレットの準備に取りかかりましょう。

21.バーフレットです。
22.溝に軽く乗せて、

23.フィンガーボードより少し大きめにカットします。
24.カットしたフレット端です。

25.断面をヤスリで整形しました。
26.さらにフレット上端部に丸み加工を加えます。

27.この要領ですべてのフレットの準備加工を行いましたので、フレットプレスを行いましょう。
28.カットしたフレット片は失わないようにまとめて廃棄します。

29.第一のフレットプレス・ジグです。
30.先端ビットをジグのプレス部に固定します。

31.ジグをサウンドホールから入れていきます。
32.ハンドルを回してフレットをプレスします。
33.ボディとネックの接合部分付近まで、この要領でプレスを進めていきます。
34.2つ目のジグはこのように固定します。

35.ネジを締めてフレットをプレスしていきます。
36.3つ目のジグで残りのフレットをプレスしていきます。

フレットプレスの様子です。


37.専用のヤスリを使ってフレット端を整形します。
38.さらにフレット上面を粗く整形します。

39.フレット上部にバリが多くみられますので、
40.バリを取っていきます。

41.バーフレット打ち込みを終えました。
42.次にバインディングを装着していきます。

43.バインディングの裏側(フィンガーボードの接着面)はフレット溝に流れ込んでいた古い接着剤が多くみられます。
44.スクレイパーで裏側をクリーニングしていきます。

45.バインディングをできるだけ傷つけないようにしてクリーニングします。
46.フィンガーボード面と密着したらクリーニング完了です。

47.バインディングを再接着しました。
48.フレットすりあわせに移りましょう。

フレット端整形の様子です。


49.マスキングテープでフィンガーボードを保護し、直定規を乗せてフレット山が凹んでいる箇所にマークを入れます。
50.マークされた部分を中心にフラットファイルでサンディングします。

51.平らになったフレット山を専用のヤスリで丸くしていきます。
52.紙ヤスリ(#400)で粗研磨します。

53.さらにスチールウールで研磨を進めます。
54.最後はコンパウンドで磨き上げます。

55.プロテクタ類を外しましょう。
56.ピカピカのフレットになりました。

ナット交換

1. オリジナルナットです。
2.当て木を当ててコンとたたいて外します。

ナット取り外しの様子です。


3. ナットを取り外したナット溝です。古い接着剤の跡が薄く残っています。
4.ナット溝のクリーニングを行います。古い接着剤と汚れを削り取っていきます。

5.クリーニング完了したナット溝です。
6.ネック幅に合わせてナットスラブを切り出します。

7.フラットファイルを使ってナットの平面を削り出します。
8.ナット溝にピッタリはまるようになりました。

9.1弦側からもナットの密着を確認します。
10.逆光を利用すると密着度の確認が効率的に行えます。

11.ナットのサイドもこの段階で面取り加工しておきます。
12.目視および指で触ってネック、フィンガーボードと段差のないことを確認しておきます。

13.フレットの高さに合わせてケガキ線を入れます。
14.ナット上部を切り取りました。

15.ヘッド側に放物曲面を削り込んでいきます。
16.ナットらしくなってきました。

17.目標の弦溝位置を読みとります。(1弦と6弦の位置で他の弦の位置が決まります)
18.弦溝位置を新しいナットに書き込みます。

19.弦溝を専用のヤスリで彫り込んでいきます。
20.弦高調整前のナットです。

21.弦を張って弦高調整を行います。2フレットを指で押さえて1フレットと弦の隙間がギリギリに下がるまでナット高を下げます。
22.ストリングリフターで弦を待避させて、ナット溝を徐々に下げていきます。

23.ナット高調整前の弦溝です。
24.弦高調整後のナット弦溝です。

25.他の弦も同じ要領で調整しました。弦高調整後のナットです。
26.ナットと弦の接触面積と角度を最適化することによってギターの音色は大きく変わります。

ピッチ調整~サドル作製

1.サウンドホールにチューナー、サドル位置にイントネーターを取り付けました。
2.すべてのフレットのピッチを確認していきます。ピッチがずれている場合は、イントネーターのサドルピーク位置を調整します。

3.サドル山位置を書き写していきます。
4.サドル溝に合わせてサドルスラブを切り出します。

5.サドルの底はフラットファイルで平面をつけていきます。
6.ピッチ調整時に確認したサドル高をサドルに書き込んでいきます。

7.サドル高の切り出しを終えました。
8.サドル上部にピーク位置を書き写します。

9.サドルピーク位置を削りだしていきます。
10.ブリッジピン穴加工を行います。まず、糸鋸で弦の導出口をサドル側へ引き寄せます。

11.さらにミニルーターで弦の導出角度をつけていきます。
12.ブリッジピン穴加工を終えました。

13.ロングサドル・エッジスロープの加工を行います。
14.半丸ヤスリでスロープを粗く削り取ります。

15.ブリッジ面をマスキングテープで保護します。
16.粗削りを行ったサドルを取り付けました。

17.ミニルーターに円錐ビットを取り付けて少しずつブリッジ面に合うようサドルスロープを低くしていきます。
18.ルーター加工を終えたところです。マスキングテープを少しこするところで止めました。

ロングサドル端整形の様子です。


19.スロープ加工後のエッジです。
20.完成したブリッジとサドルです。